踊りに託す祈り
日本舞踊は江戸時代より歌舞伎の発展に寄り添いながら様々な作品を創造してまいりました。江戸時代にタイムスリップしたかのような生き生きとした風俗舞踊は娯楽性に富んでいますし、優雅な王朝風の舞踊絵巻は圧倒的な日本の美意識を感じさせます。また、能楽から移入した作品では複雑な物語性を含んだ登場人物の内面を、舞踊独自の表現によって鮮明に映し出します。文楽からは人形振りというケレン味溢れる演出を創出するなど他の古典芸能とも深くつながっています。
このように日本舞踊は古典芸能の良い所を寄せて集め、娯楽性と芸術性を絶妙のバランスで抱き合わせた最も多様性の高い芸能として進化を続けています。その多様な性質のなかで、今、求められているものは何か。それこそが日本舞踊の根源的な要素である、人々の願いを踊り手の身体を通して表現し「祈る」ことでしょう。
「踊り」は古来より神祭りや魂鎮めに始まり、五穀豊穣や子孫繁栄、病気平癒など人々の願いと祈りを、「踊り」という通信手段で神仏に捧げたものです。
現在私が取り組んでいる作品創りのほとんどが祈りをテーマにしたもので、「TOKYO ART&LIVE CITY 2020」の催しで発表する創作舞踊「祈」もその一つです。
私が敬愛する太鼓奏者・林英哲さんに音楽をお願いし、能楽の三番叟をモチーフにした日本舞踊独自の様式美で創造した祈りです。大太鼓の一打は耳だけではなく振動して身体の奥まで届きます。その一打一打に魂が乗り移り、振動によって思いが伝播する。私にとって英哲さんの一打は祈りそのものなのです。踊りも目に映るものが全てではありません。一振りから放出される気の流れ、一振りに宿る祈りは、太鼓や尺八が奏でる音の振動とシンクロしてご覧下さるお客様へ届くはずです。そして、我々の「祈り」が世界に伝播し、ひとりでも
多くの方に希望や安らぎを届けたいと思います。
尾上菊之丞