「ADACHIGAHARA」-銀座の地下に鬼が棲む 出演者特別インタビュー!vol.1

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「ADACHIGAHARA」-銀座の地下に鬼が棲む 出演者特別インタビューvol.1 をお送りします!
公演への意気込みや舞台裏などをお伝えしていきます。
このインタビューだけの内容ですので、ぜひお楽しみください。


武田宗典さん・篠崎“まろ”史紀さん・森谷真理さん・
亀井広忠さん・加藤昌則さん・家田淳さんにお話を伺いました!


――さまざまな分野の第一線でご活躍されている方々が集結される、とても豪華な公演になると思います。まずは意気込みをお願いします。


武田「クラシックの皆様は超一流の方々ばかり。私からすれば、胸を借りるという思いで共演をさせて頂いています。どちらかというと、クラシックの皆様に、我々の能の世界に入ってきて頂く感じがあるので、普段とは違うことをして頂く大変さはあると思うんです。それでも前作『はごろも』の舞台で、ある種キャッチボールが出来たなという瞬間が結構ありました。今回で共演は3回目になりますが、同じメンバーで継続する意味も感じているので、今回もそういう瞬間が『安達原』の中で発揮できたらいいですね」


篠崎「本来であれば別々世界のものが、共に歩んでいくという難しさはどの世界にもあると思いますが、それらがもし、どこかで融合することが出来ればそれはすごい事です。言い換えれば、それが出来れば全く戦争がない世界が実現するということです。それぐらい難しいことだけれども、敢えて僕らはここまで違っていても融合できるんだということを証明したい。
 お能とクラシック音楽にはそれぞれにしきたりがあり、入ってはいけない暗黙の境界線があります。だけれども今回の作業ではお互いにさらけ出す必要があり、宗教や人種や言語、全ての考え方を解いて融合するという感覚です。一方では完全に自分を捨ててはいけない。そういった面白さと難しさが混在しているのが今回の見どころであるといえます。
 僕はお能やクラシック音楽の裾野を広げる為の試みとは思いません。知ってもらい学んでもらうことに執着すると、それは教養や学問になってしまう。でもこの試みが存在することで、生まれるエネルギーを感じることができるし、それは歴史的瞬間ともいえます。それぐらい僕らは真剣勝負です」


森谷「私は西洋音楽をずっと勉強してきましたが、日本人であることは消えないんですね。共演を通してそのルーツをまざまざと見せつけられ、衝撃を感じたと同時に憧れを抱きました。それは私の日本人としての魂が焦がれるもの、故郷に対する郷愁と言いましょうか。
 私は数十年、オペラの技術を磨いてきましたが、この和の世界にそぐうものとして、どうにか自分の楽器(声)を使えないか。どう表現したら彼ら(能楽師)の域に少しでも近づけないかと模索しているところです。そういう意味では、自分の楽器を多面的に見直す良い機会になったと思います」


亀井「先ずはこのような豪華な出演者の方々の中に入れて頂き有り難いという思いがございます。まだどのような作品に仕上がるかは分かりませんが、いつもの如く『懸命に』舞台を勤めるのみでございます」


家田「今回の『ADACHIGAHARA』は、前作『羽衣』よりも能とクラシック音楽の融合がさらに進み、音が溶け合ってひとつの新しい劇世界を生んでいます。
 シテの武田さんと作曲の加藤さんとは、打ち合わせを重ねる中で、この物語のポイントはどこにあるのかを話し合いました。加藤さんの音楽は『安達原』のドラマがより際立つように書かれています。通常の能では使用しない照明効果も取り入れて、現代のお客様にこのドラマをダイレクトにお届けしたいと思っています」


――「安達原の鬼女伝説」は過去にもさまざまな作品に姿を変えて人々を魅了してきました。皆さんが感じているこの作品の魅力を教えてください。


家田「以前、世界の様々な国の鬼や怪物のお面が展示されている展覧会に行ったことがあります。様々な怖いお面がある中で、一番恐ろしいと感じたのは日本の能の般若のお面でした。他の鬼の面になくて般若にあるものは、怨念だと感じました。
 『安達原』のシテは般若のお面をつけます。鬼と言ってもこの鬼女は、人を喰わねば生きていけない自分の運命を嘆いている、物悲しい鬼です。この鬼は単なる邪悪な存在ではなく、生きている限りは何らかのやるせない思いを抱えずにはいられない、我々人間そのものを体現していると思います。また『糸車』が堂々巡りの想念を象徴する例はクラシック音楽にもあり、古今東西共通で面白いです」


加藤「安達原の鬼女の身の上は、何かの不運によりもたらされた結果です。そしてそれは、誰しもがなり得る話だと捉えると、心が揺さぶられます。この悲しき運命は、最後まで報われることなく終わりますが、ここにもたらされる余韻は、この物語でしか感じられない、不思議な余韻を残すと思うのです。それが、この作品にいろんな人が魅了されてきたところではないかと思っています」


武田「『安達原』の深みというか、心優しい女性が人生を重ねて山の中の一軒家で独り寂しく、毎日同じルーティンで生活しているという孤独から、ある時に鬼になってしまう。そういう、人間なら誰しもが持つ二面性みたいなものを描かれています。決して寝室を覗いてはいけないという約束を破った山伏が悪いのか、はたまた人を取って食っていた鬼女が悪いのか。その行動の是非を問う普遍的なことがテーマになっている。そこですかね」


亀井「重ねてきた罪の意識から救われたいと願いながら日々過ごしている所に山伏と出会い、心の救済を得たにも関わらず裏切られた喪失感が怒りとなって鬼女への変化を遂げてしまう。人間の心情の変化と、後半のスペクタクルな動きとが相まって非常に良く出来た作品であると思われます。
 中入り前の『わらはが帰らんまでこの閨(ねや)の内ばしご覧じ候ふな』から間狂言、後半の鬼女になってからのスペクタクルな山伏との攻防戦に焦点が当たってしまいますが、心を通わせた対象(山伏)から裏切られた憤りというものがこの演目の本質であるかと思います。
 自分は半分は歌舞伎の血が通っておりますもので、能の安達原以上に影響を受けたのは現・二代目市川猿翁丈の『黒塚』でしたね。三代目猿之助丈の頃です。チケットを買って何度も観に行きました。 
 冒頭の影絵を使った作り物の中の演出。薄(すすき)の荒野にての浮かれた風情、箏曲入りのたおやかな舞。強力と出っくわした後の憤怒の形相。後場の祈り。最後は力尽き喪失感から黒塚と一体化して終わる。
 初めて三代目さんの黒塚を観たのは中学生の時でしたが、それはとてつもない衝撃を受けた印象が残っております」


プロフィール


武田宗典 Munenori Takeda (能楽師シテ方観世流)
 (公社)能楽協会会員。重要無形文化財総合指定保持者。(ー社)観世会理事。早稲田大学第一文学部演劇専修卒。父・武田宗和及びニ十六世観世宗家・観世清和に師事。2歳11か月で初舞台、10歳で初シテ(主役)、以後、「石橋」「乱」「道成寺」「望月」「翁」等を披く。海外公演多数。2014年アメリカにて、能と現代オペラのニ部作競演『Tomoe & Yoshinaka』を企画し、両作品で主演を果たす。2021年(ー社)EXTRAD主催公演において、試作能「桃太郎」を製作・主演。『武田宗典之会』主宰。舞台公演の他、「謡サロン」等の能楽講座・ワークショップを国内外で多数開催している。


篠崎“まろ”史紀 Fuminori Maro Shinozaki (ヴァイオリン)
 愛称 “まろ” 。NHK交響楽団第1コンサートマスター。3歳より父にヴァイオリンの手ほどきを受ける。15歳の時に毎日学生音楽コンクール全国第1位。高校卒業後ウィーン市立音楽院に入学。翌年コンツェルト・ハウスでコンサート・デビューを飾り、その後ヨーロッパの主要コンクールで数々の受賞を果たす。1988年帰国後、群馬交響楽団、読売日本交響楽団のコンサートマスターを経て、97年に34歳でNHK交響楽団コンサートマスターに就任。以来 “N響の顔” として国内外で活躍中。96年より東京ジュニアオーケストラソサ工ティの音楽監督、WHO評議会委員を務め、そのコンサートにも熱心に取り組んでいる。2020年度第33 回ミューシック・ペンクラブ音楽賞受賞。


森谷真理 Mari Moriya(ソプラノ)
 武蔵野音楽大学大学院首席修了後、ニューヨーク・マネス音楽院プロフェッショナル・スタディーズコース修了。メトロポリタン歌劇場『魔笛』夜の女王で成功を収めた後、リンツ州立劇場(墺)専属として『マリア・ストゥアルダ』、『椿姫』のタイトルロールなど様々な役を演じ、ウィーン・フォルクスオーパー、ライブツィヒ・オペラなどにも客演。びわ湖ホール『リゴレット』ジルダで国内オペラデビュー以降、同『ローエングリン』工ルザ、日生劇場『ルチア』、ニ期会『ルル』『蝶々夫人』『サロメ』いずれも題名役で高評を得る。コンサートでも国内外の主要オーケストラと共演し、最近ではオペラ・アリアによるN響公演で絶賛を博す。令和元年「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」で国歌独唱を務めた。


亀井広忠 Hirotada Kamei(大鼓)
 能楽囃子葛野流大鼓方十五世家元。1974生まれ。父ならびに故・八世観世銕之亟に師事。6歳のとき「羽衣」で初舞台。以降、囃子だけでなく子方などでも数々の舞台をつとめる。
新作能や復曲能を多数作調。2004(平成16)年ビクター伝統文化振興財団賞奨励賞、2007(平成19)年第14回日本伝統文化奨励賞を受賞。2016(平成28)年1月葛野流十五世家元を継承。
「三響會」「広忠の会」「佳名会」主宰。


加藤昌則 Masanori Kato(作曲家・ピアニスト)
 東京藝術大学作曲科首席卒業、同大学大学院修了。作品はオペラ、管弦楽、合唱曲など幅広く、創意あふれる編曲にも定評がある。多くのソリストに楽曲を提供、共演ピアニストとしても評価が高い。独自の視点、切り口で企画する公演やクラシック講座などのプロデュースカにも注目を集めている。NHK-FM「鍵盤のつばさ」番組パーソナリティー。長野市芸術館レジデント・プロデューサー。


家田淳 June Iyeda(演出)
 10代をアメリカで過ごす。国際基督教大学卒業。エディンバラ大学に留学。RADA(英国王立演劇学校)元校長ニコラス・バーター他に演技を学ぶ。二期会、新国立劇場、ラインドイツオペラ他で世界的な演出家の演出助手を数多く務める。英ロイヤルオペラハウスにて研修。オペラ、ミュージカル、コンサートの演出・翻訳を多数手がける他、字幕製作(日・英)でも活躍。最近では2022年1月金沢歌劇座にて、台本英訳(英語歌詞の執筆)を手がけたオペラ「Zen」が世界初演された。洗足学園音楽大学ミュージカルコース准教授。